MBCC 歴史

宗像ベテルクリスチャンセンター(MBCC)の歴史

日本国福岡県宗像市(ニルス&アンドレア・オルソン)

私たちは 宣教地でのはじめ4年間を久留米ベテルキリスト教会において (ジョージ&メアリーベス・フレージャー夫妻が前監督として赴任してい た教会)日本語、日本の習慣、もの考え方などの学ぶために費やしまし た。1982年の春のこと、私たちは 自分の足でそこを出、新しい働きをせ よとの聖霊の導きを感じました。数ヶ月をかけて多くの場所を見て回った 結果、私たちは宗像市がその地であると聖霊からのみ声を聞き確信を得た のです。

1982年の9月、私たちは宗像市に移転しました。宗像市は、日本南部の 島、九州に位置しており、人口百万を越える福岡市と北九州市という2つ の主要都市の中間にあります。当時の人口は58000人でしが、現在は 94000人まで成長しています。教会は2つだけしかなく、市全体のクリス チャン人口は合わせて約150人でした。あれから、プロテスタントや、カ トリック教会など合わせて10教会が、教会間の指導者たちの優れた調和の もと、設立されています。宗像市は非常に「宗教心の厚い」市で、大きな 神道の神社や多くの仏教の寺があります。わたし達が移転して間もなく、 聖霊様が「この世の神々は無になり、神様の栄光が力ある川となり 町中 の家々や、家族のもとに 流れるようになる」ことを知らせてくださるよ うにと祈り始めました。

1983年6月までに、私たちは 貸家を借りて礼拝を始めました。借家で の働きをはじめる前の10ヶ月間、私たちは近所の店や地域コミュニティー で人間関係を築きあげ始めていました。初めの頃の特別な集会としては、 大きな会場を借り、評判のよいクリスチャンの映画を上映しました。その 結果、人々が教会の存在を知り始めました。同じ会場で特別伝道集会も開かれ、はじめの回心者たちも与えられました。家のお風呂や近くの池、 湖、海などでバプテスマが授けられました。

1983年から1992年までMBCCは、開拓期にありました。現在は教会の支柱となっている人々を 指導し教えるのは長いプロセスのように思わ れました。「ゼロ」からの出発で、私たちは、救いについて教え、時が来 ると水のバプテスマ、聖霊のバプテスマ、礼拝、什一献金、聖霊の賜物に ついて教えました。これらの原則は現在もMBCCにおいて機能していま す。地域教会において働かれる聖霊の賜物が、神様のみことばを非常に現 実のもととしておられるのを見てきました。今日もなお、地域教会におい て 聖霊様が自由に働かれるような状況をつくり続ける中で、わたし達は 慰められ、教化され、熱心にさせられているのを体験しています。

1991年に 借家の持ち主から、古いプレハブの建物を壊し、新しいビルを 建てる計画があるため、退去するようにと言われました。わたしたちは、 後数年間は同じ場所を使えると思っていたため、非常に落胆しましたが、 持ち主の要望通りに退去せざるをえませんでした。実にその直後のことで す。聖霊様が静かで小さいみ声で「借地を借りて教会を建てなさい。」と みむねを語られたのです。あれは聖霊様の声だったに違いありません。な ぜなら、私たちは今までにそのようなことを考えたこともなく、そのため 教会建築の基金は約7000ドルしかなかったのです。しかしながら、不動産 業者に借地を探してもらべく依頼したところ、神様はまたしても、私たち に味方してくださり、MBCCのはじめからの借家の持ち主が、現在の土 地を借地として貸す許可をくださったのです。

当時、その土地は整地する必要があり、また大きな擁壁で土地の周りを囲 う必要がありました。神様は奇跡的にも最初から最後まで基金を備えてく ださいました。アラスカ州コルドバのリトル・チャペルが、31000ドルを整地と擁壁のために献金してくださったのです。そのとき、ベテル・テン プル(BT)は 恵み深く、150,000ドルの支払いのうちの初回の支払い 金として38,500ドルを献金してくださいました。BTの前理事マイク・ダ ウンズ師の招天のときに、生命保険の受取人を 当時宣教地で活動してい たベテル・テンプルの宣教師たちとし、皆に等に分け与えられるように なっていたのです。私たちに与えられた分は、彼の記念として 直接建物 に使われました。すでにその存在はありませんが、ワシントン州カーネー ション市のベテル・タバナクル教会は、その会堂建築基金から2000ドルを 献金してくださいました。インドネシアへの元BT宣教師、ボブ・エドム ンドソン師は1200ドルをささげてくださいました。私が特に覚えているの は「ペンテコスタル・ハンドシェイク」からMBCC会堂建築基金に指定 献金された20ドルで、長年の間、ミラー・レイク・ベテルの地に住まれた ネリー・フォスターさんからのささげものです。神様は奇跡的にすべてに 必要なお金を備えてくださいました。芝生の最後の葉っぱ1本にいたるまで です! 私の心には、文字通り、建築費用が完全に支払われることを信じ るという信仰の賜物が聖霊様より植えられました。最後の支払い日には ここ日本では特別献金が集められ、すべてが完済したのです。宗像ベテル クリスチャンセンターのすべての賛美は神様に帰します!ここは、まさに 主の教会です! ベテルとは、神の家という意味なのですから!

完成以来、MBCCは 聖日礼拝、聖書研究会、結婚式、告別式、コン サート、英会話教室、教会バザーなど、さまざまな集会のために用いられ ています。23年前に、私達が宗像に移転してから月日が経つにつれ、私達は人口の増 加を見てきました。けれども、私たちの市に対する愛情は、決して古くは ならず、むしろ、人口の増加と共に愛情が大きくなってきています。教会の数も、たったの2教会から10教会へと増えました。私たちの願いと?ィ ジョンは、市の増え続ける人々の必要に対応できる設備を建て、定住でき る大きな所有地をもつことです。

MBCCの発展は、旧約や新約聖書の教会の発展とよく似ています。はじ めにモーセの幕屋がありましたが、そこは一時的な場所でした。私たちの 借家もすぐに手狭になってしまいました。2番目は、ダビデの幕屋で、そ こもまた、一時的な場所でした。私たちの2番目の場所は新しいビル建設 のため、持ち主によって壊されました。3番目、ソロモンの神殿は 永遠 のものとして、耐久性のある建物でしたが、やがては破壊され、イエス様 が来られ、地獄の門も打ち勝つことのできないご自身の教会を建てはじめ られる道をつくりました。私達はMBCCが買い取り所有することのでき る大きな(所有権と建築費の完済された)最後の場所、「ここは私たちの もの」と呼べる 最後の場所を心に描いています。

私達は「わたしに求めよ。わたしは国々をあなたへのゆずりとして与え、 地をその果て果てまで、あなたの所有として与える。」というみことばを 信じ、よく語ります。

ニルス&アンドレアが、整地されMBCCの建築のために借地となった土 地に立っているところ。多額な土地税の出費を避けるため、地主はわざと 土地に杉の木を植えて小さな山のようにした。そうすることで「山地」と して認められ、多額の宅地としての土地税を避けることができる。地主の 土地税は、月毎の借地料なしで土地使用をさせていただける感謝として、 現在教会が支払っている。1990年 夏の終わりに撮影。

教会の人々が 集まり、聖餐にあずかり祝福をしているところ。その後、 土地の四隅にパンとぶどう酒を植えた。教会員が土地のために祈ってい る。1991年夏撮影。1992年3月、教会の枠を建て上げるところ。会堂はこの3ヵ月後に完成し た。1992年10月、教会の献堂式にて。久留米ベテルキリスト教会の吉田ありと し牧師から祝辞をいただく。講壇上にあるのは、私達が建設のはじめから 見ていた発泡スチロールで作られた小さな教会の模型。この模型が、建築 中も教会全体を奮い立たせた。

宗像ベテルクリスチャンセンター     811−3407福岡県宗像市須恵2−26−24